~ブッ壊されないように 破滅させられないように~
ADHDの診断を受けコンサータを服用しながらどうにか社会でやってきた『発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術』(KADOKAWA)の著者、借金玉さん。
「なにをしようができないことはある(それもたくさん)」発達障害を抱えながらも20代で事業を興し、数々の失敗に直面してきた経験から得られた「社長としてのふるまい」について語ってもらいました。
目次
1.「社長にはざっくり2種類の人間がいる」
2.「それでも「ミスしてはいけないこと」」
3.「ヨロイを脱げる場所を作り上げる」
1.社長にはざっくり2種類の人間がいる
――大学卒業後、新卒で某ホワイト金融機関に入り込むもどうしても適応できず退社、その後20代半ばで飲食業・貿易業の会社を立ち上げてきたわけですが、いまあらためて「社長業」というものをどのようなものと捉えてらっしゃるか、その辺りのことをうかがえますでしょうか。
借金玉:「わかりました。社長業をやってみて思うのは「われわれ社長で、失敗してない人間なんていない」ということです。むしろ会社では社長がいちばん失敗しているのが自然な姿なのではないかとすら思います。」
「社長は名目上でも実質上でも会社のトップです。事業を立ち上げ、従業員を雇い、市場にサービスを提供し利益を得る。こうした過程で多くの困難な局面に遭遇します。」
「これをそつなく乗り切れる人間などいるはずもなく、ましてやわれわれ社長をやっているような人間はかなり能力に偏りがある人間が多いわけで、そこにプリセットのスペックとして発達障害が上乗せされている。
当然いろんなことで大ポカを発生させます。」
「重要書類が神隠しにあって消えていても(実は家にあったりします)、従業員にはそれがさも手元にあるかのように振る舞い、ドキドキしながら内容を雰囲気で伝えて動いてもらう。」
「取引先の重要ポジションの方の名前と顔が亜空間に放り込まれ初対面かのように挨拶してしまう。冷や汗をかくこんな状況もしょっちゅうです。」
「発達障害者は社会で「ふつう」とされていることの多くができません。
ミスをするのは当たり前。つまり失敗することが自然なんです。それが社長であるということで変わるわけでもない。」
――発達障害を抱えている社長さんのお知り合いもおられるかと思いますが、そうした方やご自身も含めて、発達障害特性のあるひとがいかにして社長業を営んでいくかで思うところはありますでしょうか。
借金玉:「そうですね。社長には2種類の人がいます。一つは、知らない・できないことがあってもこころのどこかで「俺は社長だからこれでいいんだ」という思い切りを周囲に対して貫き「悟り」を開いているタイプ。」
「もう一つは、事業に関わるすべての事柄に関して完璧を追求する「パーフェクトマン」を志向するタイプ。この2つのうち、われわれ発達障害者が採れる立場は前者一択です。」
「というより、前者のタイプにならざるを得ない。後者のタイプになりたくて仕事をしていても、いずれどこかで人格も人生も壊れてしまうでしょう。無理なことをやっても、当然ながら無理という結果しか出力されない。
救いのない話ですが、現実そうなのだからそういうものとしてやっていくしかない。」
2.それでも「ミスしてはいけないこと」
――自分の特性を把握せずに届くはずのない理想を追っていてもダメで、あくまで現実的に対処していくしかないということだと思いますが、たとえ発達障害という困難があっても守らなければならない一線、社長である以上「できない」を言い訳にしてはいけないことはありますか。
借金玉:「社長をやっているような人間は、世間や社会が思うほど立派な人間ではなく、むしろ一般の勤め人がどうしても上手くやれなくて、というパターンも多いと思うんですよ。なんでもできるスーパーマン社長なんてむしろ極めて少数です」
「しかし、ある種のスーパーマン性が要求されがちな仕事が社長業でもあると思います。実際、有能な部下を雇えば雇うほど相対的に社長の能力は低くなります。パーフェクトな社長をやるハードルがどんどん上がりますよね」
「現実を言えば、事業を行っていくにあたって、自分でやれることが出来る人を雇っても仕方がない。出来ないから雇うわけですし。そこに社長業の厳しさ、マネジメントの大変さがありますよね。自分より有能な人を使わなきゃいけないという。」
「でも、究極的にミスが多いわれわれが事業を行っていくのに絶対にミスしてはならないのは、従業員の給与の支払いくらいのものです。債務の支払いのうち、ここだけは「ゴメン忘れてた」じゃ済まないので…。」
「他社でも同じ経営者仲間であれば温情をかけ支払いを先延ばしにしてくれることもありますが、従業員の給与の支払いは滞らせてはいけません。自分に足りない能力を他人を雇って補うという根幹が崩れるので。」
「逆に言えば、それ以外の部分は何をミスっても結果なんとかなっているのならばそれでいいのが経営者という立場だと思います。」
「社長のみなさんは、従業員さまの給与支払いは死守しましょう。」
3.ヨロイを脱げる場所を作り上げる
――社長業、大変ですね。発達障害であることからくる苦難、事業を行う責任者としての苦悩をつねに抱えていて、社長だからといって弱音だって吐きたいというときもあるかと思います。そういうときはどうしておられますか。
借金玉:「はい。われわれ発達障害者は社会的に結構厳しいわけですが。それでも社長業をやっている以上は、虚勢が必要な場面、ハッタリをぶちかますシチュエーション、意地を見せなければいけない局面が非常に多いですよね」
「肝を冷やしながらガチガチに身にまとったヨロイで、自社の事業を、従業員を、自分をいつもかろうじて守っています。疲れます。ピリッとした状況から解かれたらグチだっていいたい。弱音を漏らしたい。」
「誰だってヨロイを脱げるところがほしくないですか。社長だからって例外ではないですよ。ただ、現実問題としてそういう場所ってほとんどないですよね。」
「社長であるからといって、業務から離れたら「社長という立場」を解除・停止できる場が必要なんです。そういう場があることで、ヨロイの重さにあえぎ削られたメンタルを回復させることができる。ドラクエの宿屋みたいなところですね。」
「発達障害持ちの社長として、社会に向かってヨロイをまとってはいるものの、ヨロイの下は蒸れちゃってます。かゆい。ベタベタする。重い。つらい。これを脱いでも許される場を作る。」
「これは逆説的なのですが、『辛い』と打ち明けてわかってもらえる相手ってやっぱり事業主同士だと思うんですよ。でも、世の経営者の集まりではなかなかそういうことが出来ません。だから、そういう場所があったらいいと思います」
――(笑)。社長として打ち明けにくいことも多くあったかとは思いますが、貴重なお話をありがとうございました。最後にまとめとして「これだけは言っておきたい」ことがおありでしたらおっしゃってください。
借金玉:「われわれは失敗する。すでに失敗してきたし、この先も失敗する。」けれど、われわれは止まったら死ぬ生き物なので死なないようにやっていきましょう。
――今回はありがとうございました。
借金玉:「ありがとうございました。」